川西市のニュータウンが人気上昇

阪神間エリアは、大正時代から阪急電鉄などにより、住宅地が開発されてきました。しかし規模は比較的小規模で、一般的にニュータウンと呼ばれる街は、少ないことが特徴です。しかし川西市では、昭和40年前後より、山を切り崩して、新しい町を作る、いわゆるニュータウンがたくさん作られてきました。主なところでは、昭和41年分譲開始の多田グリーンハイツ(西部都市開発株式会社分譲)、昭和41年分譲開始の阪急北ネオポリス(大和団地株式会社分譲)、昭和44年分譲開始の清和台(進和不動産株式会社分譲)、昭和46年分譲開始の東急ニュータウン萩原台(東急不動産株式会社分譲)、昭和50年分譲開始の阪急日生ニュータウン(日本生命保険株式会社分譲)などです。これらニュータウンは、近年、都心回帰の流れで、徐々に価格は下がり傾向にありましたが、新型コロナウイルス感染症の広がりから、状況が一転。在宅ワークが一般的になる中、家にゆとりを求める人が増え、川西市内のニュータウンの需要が高まり、価格も上昇しています。また分譲から50年を経過し、建物が古くなり、注文住宅用の用地として適していることも功を奏しています。人口減少、都心回帰の傾向は、やはりありますので、将来の価格傾向は不透明ですが、しばらくは、この人気は続きそうです。